1年

去年の3月11日は札幌で仕事をしていました。

テレビがたくさんある職場だったので
絵空事の様な現実を映し出す沢山の画面に囲まれながら電話応対の仕事をしていました。

地震が起こった時は、東京に住む1人暮らしのおじいちゃんの応対をしていました。
ひどい揺れがおさまった直後、テレビのどのチャンネルも地震の情報に切り替わり
ただごとではないと思ったおじいちゃんは
話の途中だけど、一旦電話を切って様子をみるとあたしに言った後
あたしが今どの地域で仕事をしているのかと、職場が大丈夫なことを確認した後
「俺も気を付けるけど、あんたも気をつけなさいよ」と言ってくれました。

コールセンター関連の仕事をした方はわかるかもしれませんが
全国からかかってきた電話を自動的に振り分けて沢山の窓口で受信するわけで
お客様の用件が1度の電話で終わる事も殆ど。
だから再度同じお客様とお話する確率っていうのは、かなり低いものなのです。
そしてお客様から指名して特定の人に繋がるわけではないので
もちろんおじいちゃんもあたしの事なんて知らないし
あの時繋がってたのは偶然にしか過ぎないけれど
それでもおじいちゃんが気遣ってくれた言葉を思い出しては、胸がいっぱいになります。


思いやり。
最近、自分に足りなかったなと思うものの1つです。

おじいちゃんは、顔も知らない電話の向こうのあたしにそれを普通のコトの様にくれました。

人間はそうでなければならないと教えてもらった気がします。
思いやりを忘れてしまったら、きっと物事は悲しい方にしか転ばない。
どんな状況でも周りの人を思いやれるからこそ、人は人のままで居られるのかもしれませんね。

3月11日。

北海道に住んでいて地震の被害も皆無だったあたしにとっては
被災された方の状況、気持ちや想いはきっと理解しようとしてもしきれないものなのだと思います。
でも、あの日の事は決して忘れてはいけない事であって
自分でできることが何なのかをずっと考え続けていかなければならないと思います。

そしてあたしにとっての3月11日は、それだけではなく
顔も名前を知らないおじいちゃんが教えてくれた大切なことを思い出して
今日の何気ない日常を過ごせている事に感謝する日になりました。


進まない被災地の復興。
何もできず悔しい気持ちになることもしばしば。
被災された方達の毎日が
少しでも、少しでも、以前の日常に近いものになる様に
1日も早い復興を心より願っています。
そして私にできることをしていきたいと思います。

そして…
どこかの空の下で、おじいちゃんが元気で暮らせていますように。


Mayuko Ohiro Official Web Site

室蘭在住、鍵盤うたうたい大廣まゆこのホームページです。 ご依頼あれば、電子ピアノを担いでどこにでも 弾きに!歌いに!行きます!!

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